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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)5689号 判決

原告

岩崎隆志

ほか二名

被告

錺三武朗

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告岩崎隆志に対し三〇七万〇五九九円及びうち金二四七万〇五九九円に対する昭和五五年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同岩崎淑子、同岩崎扶美子に対し各二〇〇万五七三一円及びこれに対する昭和五五年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告らは各自、原告岩崎隆志に対し四九六万五一三三円及びうち金三九六万五一三三円に対する昭和五五年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同岩崎淑子、同岩崎扶美子に対し各二九五万〇二六三円及びこれに対する昭和五五年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年二月二七日午前一一時五〇分ころ

(二) 場所 大阪市東淀川区豊新三丁目二一番一六号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五八て三九五七号)

右運転者 被告錺智弥(以下、被告智弥という。)

(四) 被害者 訴外岩崎ユキ(以下、亡ユキという。)

(五) 態様 被告智弥が、前記番地付近路上で暴走して対向車線に停止中のタクシーと接触したうえ、斜めに走つて歩道に乗り上げ、折から歩道を歩いていた亡ユキに衝突した。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告錺三武朗は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告智弥はハンドル、ブレーキ操作不適当の過失により、本件事故を発生させた。

3  損害

(一) 亡ユキは前記1の交通事故により死亡した。

(二) 亡ユキの逸失利益 一〇二四万二九六一円

亡ユキは、死亡当時七二歳で、生前恩給法による公務扶助料年額九九万円と厚生年金保険法による老齢年金年額五九万七九一六円を支給されていたところ、死亡により右受給権を喪失した。そこで、右年金等の年額合計一五八万七九一六円につき、亡ユキの生活費を収入の三〇パーセント、余命年数を一二・一六年として、同人の死亡による逸失額を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を算出すると、右金額となる。

(三) 相続

原告らは、いずれも亡ユキの子であつて、亡ユキの相続人の全部であるから、同人の死亡により前記(二)の逸失利益の損害賠償請求権を各三分の一宛相続により承継した。

(四) 原告らの損害額

(1) 慰藉料 各四〇〇万円

原告らは亡ユキの子であるところ、本件事故の態様、結果その他諸般の事情を考慮すると、原告らの慰藉料額は各四〇〇万円とするのが相当である。

(2) 葬儀費用及び墓碑建立費 一〇〇万円

亡ユキの葬儀及び墓碑建立のため、原告隆志が出捐を余儀なくされた費用である。

(3) 屍体引取等の費用 一万四八七〇円

亡ユキの死体引取等のため、原告隆志が出捐を余儀なくされた費用である。

(4) 弁護士費用 一〇〇万円

本訴を追行するため、原告隆志が負担する費用である。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険より総額一三三九万二一七〇円の支払を受けた。

5  本訴請求

よつて、被告ら各自に対し、原告隆志は、四九六万五一三三円及びこれより弁護士費用を除いた三九六万五一三三円に対する本件事故発生の翌日である昭和五五年二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らは、各二九五万〇二六三円及びこれに対する右起算日から支払ずみまで右同率の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の(一)ないし(四)は認める。(五)のうち暴走したとの点を除き、すべて認める。

2  同2は認める。

3  同3の(一)、(三)は認めるが、(二)は争う。(四)は知らない。

原告らが逸失利益として主張する公務扶助料及び老齢年金は、いずれも受給者である亡ユキの生活保障のみを目的としたものであり、同人の死亡によりその目的は終了する。したがつて、右年金等について得べかりし利益の喪失や相続はなく、原告らのこの点に関する主張は失当である。

4  同4は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の(一)ないし(四)及び(五)のうち暴走を除く各事実は、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一五ないし第一八号証によると、被告智弥が加害車を運転して、制限時速四〇キロメートルの本件事故現場付近道路を時速約六〇キロメートルで進行中、対向してきた単車とすれ違うため左に転把したところ、スピードが出ていたため進路前方に駐車中の車両と衝突しそうになり、そこでこんどは右に急転把したところ加害車は道路中央線まで進出し、折から対向進行してきたタクシーと接触し、被告智弥はあわてて左に急転把したが、同被告はこの間制動措置をとらなかつたため、加害車を左前方に逸走させて歩道に乗り上げ、折から歩道上を歩いてきた亡ユキに加害車を衝突させたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告三武朗は自賠法三条により、また被告智弥は民法七〇九条により、いずれも本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  請求原因3の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  亡ユキの逸失利益 八九〇万九三六二円

原告らは、亡ユキが支給されていた恩給法による公務扶助料及び厚生年金保険法による老齢年金を逸失利益として算定し、これを相続により取得した旨主張する。そして、成立に争いのない甲第三、第四、第八、第九号証及び原告岩崎隆志本人尋問の結果によれば、亡ユキは、生前公務扶助料として年額九九万円の、また厚生年金保険による老齢年金として年額五九万七九一六円の各支給を受けていたことを認めることができる。

しかしながら、右公務扶助料及び老齢年金の目的、性格、受給資格・要件、喪失事由、とりわけ、いずれも死亡により受給権が消滅すること(恩給法一条、二条、九条、一一条、一六条五九条、七二条、八〇条、厚生年金保険法一条、二条、四二条ないし四五条、五八条ないし六〇条など)等を総合して考えると、その受給権は、いずれも受給権者本人の生活保障を目的とする一身専属的な権利であつて、民法八九六条但書の規定により相続の対象にはなり得ないものと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和四六年(ネ)第三〇五四号同四八年七月二三日判決・交通民集六巻四号一一〇一頁、同四七年(ネ)第一五九四号同年同月同日判決・判例時報七一八号五五頁参照)。したがつて、亡ユキの右受給権につきその相続を前提とする原告らの主張は失当である。

しかし、他方、成立に争いのない甲第五号証及び原告岩崎隆志本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡ユキは死亡当時七二歳で、格別の疾病もなく、原告淑子、同扶美子らと同居して主婦として家事労働に従事していたことが認められる。そうすると、その労働を金銭的に評価すれば、昭和五五年度の賃金センサス、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者六五歳以上の年間平均給与額である一七三万五五〇〇円程度とみるのが相当というべく、同人の就労可能年数を六年として、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除し、なお、生活費については、同人の年齢、性別、家族関係及び経験則に照らし、前記のとおり生前支給されていた公務扶助料及び老齢年金(年額にして合計一五八万七九一六円)をもつて優にまかなえるものと認められるから、右収入からはこれを控除しないこととして、その逸失利益を算定すると、次のとおり八九〇万九三六二円となる。

(算式)

一七三万五五〇〇×五・一三三六=八九〇万九三六二(円未満切り捨て、以下同じ。)

3  相続

請求原因3の(三)の事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、原告らは亡ユキの損害賠償請求権を相続分に応じて三分の一宛相続承継し、その額は各二九六万九七八七円ということになる。

4  原告らの損害額

(一)  慰藉料 各三五〇万円

本件事故の態様、亡ユキの年齢、原告らと亡ユキとの身分関係、生活関係その他諸般の事情を考慮すると、原告らの慰藉料額は各三五〇万円とするのが相当である。

(二)  葬儀費用及び墓碑建立費 四五万円

原告岩崎隆志本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第七号証、成立に争いのない甲第一二号証によれぱ、原告らの主張する程度の葬儀費用等を原告隆志において出捐したことが推認されるが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害は四五万円が相当である。

(三)  屍体引取等の費用 一万四八七〇円

成立に争いのない甲第一一号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告隆志において右金額を出捐したことが認められる。

5  損害の填補

請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、原告ら三名はこれを各三分の一宛各損害に充当したものとみるべきである。したがつて、原告らの損害額は次のとおりとなる。

(一)  原告隆志 二四七万〇五九九円

(算式)

二九六万九七八七+三五〇万+四五万+一万四八七〇-(一三三九万二一七〇÷三)=二四七万〇五九九(ただし、損害填補額については端数切り上げ)

(二)  原告淑子、同扶美子 各二〇〇万五七三一円

(三)  原告淑子、同扶美子 各二〇〇万五七三一円

(算式)

二九六万九七八七+三五〇万-(一三三九万二一七〇÷三)=二〇〇万五七三一

6  弁護士費用

原告岩崎隆志本人尋問の結果によれば、同原告において本訴追行にかかる弁護士費用を負担することとなることが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、同原告が被告に対し賠償を求め得る弁護士費用の額は六〇万円とするのが相当である。

7  結論

以上の次第で、被告らは各自、原告隆志に対し三〇七万〇五九九円及びこれより弁護士費用を除いた二四七万〇五九九円に対する本件事故発生の翌日である昭和五五年二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告淑子、同扶美子に対し各二〇〇万五七三一円及びこれに対する右起算日から右同率の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上拓一)

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